Posted at 2012.04.18 Category :
未分類
5月1日に復旧予定でしたが治らなかったので復旧未定になってしまいました。なんとか5月中には新しく買い替え出来ればと思います。
Posted at 2012.04.03 Category :
悠
主治医の産後検診を受ける。
採尿採血を行い、子宮内の状態をエコーで診る。
血液検査では、主に肝機能と貧血の状態に注視した
ヘモグロビン値は11になっていて、貧血は改善されていた。
肝機能も問題ない。
エコーでは悪露が写っていたので処置を施し
排出をうながした。
大量の輸血を行ったため
拒否反応を起こして肝機能障害になる事がある。
2ヵ月後に再検査を行い問題ないことを確認する。
「さて、今後の事なんだけど次の子はどうしようか。
遺伝診療を受けるのもいいかと思うけど。」
思いがけず次の子について切り出された。
信頼する主治医に「次の子」と言われ心が揺らいだ。
悠がお腹の中で心拍を止めてしまった時
もう次の子を望むのは止めようと考えていた。
胎児水腫になる事がわかっていて
無事に産まれる可能性が低い事がわかっていて
子を望むのは
子供達に申し訳ないと思った。
主治医の「次の子」は
それを加味しての「次の子」とも受け止められ
何とかして子を抱かせてあげたいという思いが垣間見えて
少しうれしかった。
現状では子を望む事は考えられないけれど
2ヵ月後の検診時に
僕らの想いや主治医の考えについて
話し合いたいと思っている。
Posted at 2012.03.30 Category :
悠
棺を用意し悠を納め
用意していた花で悠の周りを飾る。
小さな棺はすぐに花でいっぱいになった。
小さな棺を持って火葬場へ向う。
胎児の火葬は朝一番の温度の低いうちに行われる。
僕らのほかには誰もいない静かな火葬場。
火葬の前に最後のお別れをする。
家に居るときには平気だったのに
ココに来るとやっぱり悲しみが込み上げてくる。
動かなくてもいいから
いつまでも一緒にいたい。
涙が止まらない。
悠くんへ
君が来てくれたおかげで
稟菜がいなくなって沈んでいた気持ちに
明るい灯が灯ったんだ。
夢と希望をもたらしてくれてありがとう。
25週と短い間だったけど
本当にがんばったね。
いつか必ず会いに行くから
その時まで
茜凜と洸と稟菜と
一緒に待っていてね。
Posted at 2012.03.28 Category :
悠
火葬の手続き、行政の手続きが整ったので
悠を病棟に迎えに行き
自宅に迎え入れた。
短い間だけど、自宅で一緒に過ごし
悠の笑顔はどんなだろう、
泣き声はどんなだろうと想いをめぐらせます。
Posted at 2012.03.27 Category :
悠
主治医の診察を受けに外来を受診する。
最終的な決定は浜松医大での検体の検査結果次第だが
今回の急変の原因は当院での検査結果と状況から
羊水塞栓症でほぼ間違いない。
子宮収縮の圧力で母体の血管内に羊水成分が入ってしまったのだと思う。
産科でも色々と症状があって危険もあるけど
羊水塞栓症は一番危険な症状で
メカニズムが良くわかっていないものの1つ。
羊水塞栓症は3万分娩に1例と言われるくらいの非常に稀な症状で
致死率80%くらいの非常に危険な症状。
意識を失って、おそらく20〜30分経っていたと思うけど
正直もうダメかと思った。
でも、戻ってきてくれて
対処も早くできて
無事にいてくれて
本当によかった。
子宮の戻りはいい。
まだ中に悪露が貯まっているので
よく動いて出すようにしてほしい。
というわけで今日退院していいですよ。
というわけで今日退院した。
まだ行政の手続きが済んでいないので
悠は明日まで病棟に預かってもらう事にしています。
当の本人は意識を失っていたので状況はよくわかっていない。
でも、会う看護師や医師は口をそろえて同じ事を言う。
とても大変だったね。無事でよかった。。と。
本当に無事でよかった。
Posted at 2012.03.26 Category :
悠
11:30
再び分娩室に案内される。
状態が落ち着き面会が許可された。
分娩室はICUのような状態になっていた。
医師が2人看護師が2人
両腕から輸血を行っている。
他にも点滴ラインが数本確保されている。
心拍、血圧、心電図、呼吸、サチレーションのモニターが状態を監視している。
心拍数は100以上と早いのが目に付く。
手を触ると物凄く冷たい。
電気毛布や赤外線ヒーターで暖める処置をしているものの
口元はガタガタと震えている。
意識はあるけど苦しそう。
12:00
出血量の確認をしていた。
前の1時間で600cc。
この1時間では300ccだった。
出血量は徐々に減ってきている。
輸血量は1000ccに達した。
14:00
追加の輸血がオーダーされる。
診察や処置が行われるため
病室で待つ。
18:00頃
病室に戻ってきた。
点滴は繋がれていて、輸血は終っていた。
輸血はトータル1400cc以上行ったようだ。
意識もあり会話もできる。
安静状態ではあるが水は飲めるようになった。
この日赤ちゃんに会うことは出来きなかった。
翌日以降、起き上がれるようになってからゆっくりと会うことにする。
名前をまだ決めていなかったので
あらかじめ考えていた候補から名前は
「悠(ゆう)」
に決めた。
漢字の意味は「どこまでも続くさま」。
いつまでもどこまでも君への想いは忘れない。
Posted at 2012.03.25 Category :
悠
朝〜8:00
分娩に向けて準備が始まる。
陣痛促進剤を使用し陣痛がついてくる。
8:00過ぎ
洸の時より痛みが早くついてきたので
今回は早く産まれそうだとメールが来る。
午後に面会に行く予定だったが
10時には行くように変更した。
8:50頃
産科病棟から電話連絡が入る。
「状況が変わったからすぐに来て欲しい。」
ちょうど準備が整った時だったのですぐに家をでる。
もしかしてもう産まれてしまうのかと少々慌てる。
9:30
病棟到着。
ナースステーションの左手方向の個室
ココにいるはずだが誰もいない。
部屋の扉は空きっ放しになり術着が床に投げ出され
どこかざわついた雰囲気が残っている。
もう、分娩が始まってしまったのかと少し後悔した。
ナースステーションから奥の分娩室に案内される。
分娩室エリアの入り口で靴を履き替え
術着を羽織ると主治医が飛んできた。
「とても大変な状況になっている。」
そんな感じだったと思う。
「陣痛促進剤を入れてしばらくして
看護師が血圧を測りに行くと突然意識を失った。
血圧を測るが測れないほど低下していた。
意識はすぐに取り戻したが、破水して
そのあと出血が止まらなくなった。
血液検査をすると血小板が通常は10万はあるはずが
3万しかなかった。
DICに陥っている。
可能性として羊水塞栓症が考えられ
これは命に関わる状態。
今は輸血や血小板の補充などを行い処置をしている。
赤ちゃんは足だけ出ている状態。
何とか自然に出てきてくれないと困る。
DICに陥っているので帝王切開は出来ない。
出血が止まらないのにそんな事はできない。
出産がうまくいっても子宮の収縮が悪くなる事もある。
可能性は低いが、その場合は子宮摘出になるかもしれない。」
そんな事を矢継ぎ早に説明された。
生存の可能性と後遺症の残る可能性をたずねた。
「そんな事が起こってしまわないよう処置中です。
心配だけどもうしばらく待っていてください。」
そういい残して分娩室に駆け込んでいった。
僕はロビーに戻る。
ロビーでは色々と考える。
妻は行ってしまうのか。
行けば稟菜に会えるのではないか。
でも、行くにはまだ早い。
行ってもらっては困る。
そんな自分勝手なことを考えていた。
10:40頃
主治医に呼ばれる。
「赤ちゃんは産まれた。
輸血や血漿の補充で血液中のデータは良くなっている。
たまたま看護師の目の前で意識を失ったので
すぐに対応できたのがよかった。
急性期は脱したもののまだ余談は許さない。
羊水塞栓症なのかはすぐにはわからない。
日本で検査できるのは浜松医大だけなので
血液の検体を浜松に送った。
羊水塞栓症とはお母さんの血管に(主に子宮の血管から)
赤ちゃん由来の物質(羊水中に浮遊する皮膚などの細胞を含む物質)が
進入してアナフィラキシーショックを起こしDICに陥る症状。
何故羊水塞栓が起こるのかはよくわかっていない。
発症するのは分娩3万例に1例くらいの稀な事。
退院までに色々と検査をする必要がある。
分娩して翌日退院の予定でしたけど
少々入院が長くなると思っていてください。
状態が落ち着いたらまたお呼びします。」
とりあえず一安心する事ができた。
何もないことが大多数なのに
何で稀な事がこんなにも多く起こるのだろう。
不公平すぎやしないかと
もし神がいるのならその理由を聞いてみたい。
Posted at 2012.03.24 Category :
悠
赤ちゃんの出産の為
再度入院をした。
医師からは
赤ちゃんは心拍を停止しているため
お母さんの負担軽減の為にも経膣分娩を行う。
帝王切開を経験しているため
子宮破裂のリスクが高いので
お産はゆっくり2日ぐらい時間をかける予定でいる。
21日はのんびりとすごし
夜にラミナリアの処置を施した。
生まれるのは23日金曜か早くても22日夕方かと思い
その日は帰宅した。
Posted at 2012.03.23 Category :
悠
とても大変な事が起こっていた。
朝出産準備を進めているころ
病室で突然妻が意識を失い痙攣をはじめ破水。
DICに陥り子宮からの出血が止まらず危険な状態と聞かされる。
赤ちゃんは出て来そうで出てこない。
輸血や血液製剤の補充が間に合い
なんとか急性期は越え一命をとりとめた。
そんな中9時49分に男の子が産まれる。
夜には状態は落ち着き病室に戻る。
現在は意識もあり会話も出来ます。
安静状態も少しづつ解除に向かっています。
Posted at 2012.03.17 Category :
悠
午前中に退院しました。
退院後の注意や今後の予定などの説明をうけますが
病棟の看護師や病棟医が
とても気を使ってくれているのが良くわかります。
僕らとしては
良くない方の想定していた事が
早くに起こってしまった。
残念な気持ちは大きいけれど
稟菜を失った時のような
何とかできたはずだという思いはなく
現状を正確に受け止めています。
産まれるまでにこの子に名前を付けなければならない。
入院前のエコーで今回は男の子である事がわかった。
女の子の名前は考えていたけど
男の子の名前はなかなか思い浮かばない。
男の子だと聞いて
僕は少なからず動揺した。
今回の子と稟菜を重ね合わせ
稟菜が戻ってくるのだと
心のどこかで期待していたのだと思う。
もちろん今回の子が無事生まれることに越した事はないが
自分は稟菜の代わりをこの子に求めていたのかもしれない。