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To Dear Babies

胎児水腫となって産まれた4人の子供達。

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9月9日 七回忌 

Posted on 23:30:44

時が経つのは早いもので満6年が経った。
お寺の本堂に家族がそろう。
お経と焼香の煙とともに稟菜への想いは届くだろうか。
結哉が生まれ楽しい日々を過ごし
稟菜を思い出して涙することは少なくなったが
今でも稟菜への想いは変わらない。

結哉は12月で3歳半となり
あの時の稟菜と同じ年齢となる。

半年に1回位熱を出すことはあるけれど
毎日元気に過ごしています。
時々、りなちゃん見たいと言って
動画を見ることもある。
以前は涙なく見ることは出来なかったけれど
今は結哉と一緒に笑顔で見ることが出来る。

結哉の成長と共に
私の心の中も前に進むことが出来ている。


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2/27 稟菜7歳 

Posted on 23:41:45

結哉が生まれて初めての稟菜の誕生日。
今までとは少し違った感情でこの日を迎えた。

これまでは死ねば早く稟菜に会えると思い
それが出来なくて
申し訳なくて、悔しくて、寂しくて
涙していた。

今年は結哉がいるおかげか
いつ死んでもいいとは
思わなくなった。

それでも申し訳なさや悔しさや寂しさは
残っている。
一生それは残っていると思うし
残していかなければならないと思っている。

今日はお墓に地蔵さん参りをして
納豆巻き、カジキのから揚げ、シュークリームといった
稟菜の好きだった食事でお祝いをする。

稟菜の話をたくさんして
稟菜への想いを新たに
心に刻む。

稟菜ちゃん
誕生日おめでとう。


CIMG2438.jpg

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命日 

Posted on 23:16:22

稟菜の3回目の命日。
お寺の本堂に預骨している子供たちにお参りをした。
お寺には毎月お参りをしている。
いつもと同じようにお参りをしているのに
今日は手を合わせていると
何故か自然と涙があふれてきた。

3年経った今でも
稟菜の事を想わない日はない。
今は何をしているのか
願わくば稟菜に会いたいと。
あの日あの時の選択が、、、
そういう後悔も毎日思う。


結哉が生まれても
これからもずっと
それは変わらない。



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Posted on 16:05:55

命日を過ぎて気持ちが沈んでいた、10月初旬に稟菜の夢を見た。

高校時代の友人と遊んでいた。
何故か立ち寄ったどこかの街のショッピングセンター。
この街並みは最近出張で行く神戸のとある駅前の街並みに似ている。

ショッピングセンターで何をしているのかよくわからないが
そのうち大型モニターに稟菜が映っていると友人が教えてくれる。
僕は慌ててそこに映っている場所を探し出し
稟菜を見つけ、抱き上げる。

抱き上げた稟菜は僕に向けてこう言っていた。
「稟菜は死んでないよ」

それを聞いて抱き上げながら僕は泣いていた。
悲しくて申し訳なくて泣いていた。



そして、頬をつたう涙の感触で目が覚める。
夢だけでなく、自分も泣いていた。








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合同慰霊祭 

Posted on 22:29:20

平成23年度 大学病院主催の合同慰霊祭が行われた。
今回で3回目の参列となる。

式の最中、多くの花に囲まれ「霊」を標された祭壇を眺め、
入院中や通院での事を思い出す。
入院当初の辛そうな仕草から、退院間近の面会時の笑顔まで
色々な稟菜の姿を思い出す。
病院では辛いことばかりでなく、笑顔がいっぱいあった。
医師や看護師、看護補佐さんのおかげで、
稟菜にとってはもう一つの家のようなものだったとあらためて思う。


1周忌を前後して、友人知人やご近所さんなどいろいろな方に
訪問していただいたり、メールや手紙を頂きました。
こんなに多くの人が命日を覚えていてくれた事がとてもうれしくて
本当に感謝しています。

稟菜の為に自分に何が出来るのか
あらためて問い、考えながら
稟菜を想う人たちの
想いに応えられるよう生きていきます。



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一周忌 

Posted on 23:48:31

その日が近づくに連れて
当日朝までの数日間の事が
時系列をもって、詳細に鮮明に思い出される。
いくつもの助けられるタイミングがあり
そのタイミングのどこかで違う判断をしていれば、
そして俺がもっと強く診て欲しいとうったえることが出来ていれば、
きっと違った結果になったに違いない。
後悔と自責の念がよみがえる。

9月9日、一周忌の法要を行った。
住職の「稟花童女霊位の法要を始めます。」を聞いて、
今まで我慢していた想いが弾け、涙が止まらなくなった。
今日ぐらいは我慢しなくてもいいだろう。
涙はぬぐわず、お経の間、稟菜を想い泣き続けた。

1年経っても何も変わらない。
帰ってきて欲しい。
ただそれだけ。

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夏休み 

Posted on 00:22:04

稟菜のいない退屈な生活にも慣れてきてしまった。
稟菜のいた楽しい夏休みは遠い夢だったのだろうか。

稟菜を救えなかった俺が生きる意味はいったいなんなのだろう。
生きる意味が生命の継続、人類の発展なのであれば
子供を守れなかった俺の、生きる意味はなんなのか。
毎日そんな事を考える。

生きる意味がわからなくても日々を生活していかなければならないのは
何故なのか。答えは出ない。

夏には戦争の回顧があり、お盆を迎え、
生きることの意味を深く考える。


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吉奈温泉へ 

Posted on 16:37:46

6月初旬、次の子への願いを持って吉奈温泉、善名寺を訪れた。
洸がいなくなった時、追悼と子授けを願い
その後、稟菜を授かっている。稟菜の原点でもある。

稟菜がいなくなりしばらくして、次の子を望む気持ちは強くなった。
この先の稟菜のいない、子供のいない人生は考えられなかった。
稟菜に対してやり残したことが事がある。それを次の子に引き継ぎたい。
そんな思いがあった。

本当は今でも稟菜が戻ってくる事を願っている。
そんな状況で次の子を願っていいのか。
本当に次の子を願っているのか。
そんな迷いもある。


今年で40歳になる。
これから子供が産まれ、無事に成長したとして、
その子が成人した時には、60歳を超える。
子供を望むのは今年がリミットか、遅いぐらいか。
残された時間は少ない。




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5月 

Posted on 02:25:22

5月も何もできなかった。
結局ゴールデンウィークも、稟菜のために子供達のために、何も出来なかった。
何かをしてあげたいと思いながらも
実在しない彼らに対して出来る事は数少ない。
5月は気持ちが沈んでいた。
大切な人を失った時の人間の心理状態は次の工程があるのだという。
 パニック→怒り・憎しみ→転化→うつ状態→受容

 パニック・・・「何であの時無理やりにでも病院に行かなかったのか」と思い出し一人叫びたくなる。
         そんな状態が一瞬起こる。
 怒り憎しみ・・「何であの時受け入れてくれなかったのか」当直医への怒りと
         そこを振り切ってでも連れて行かなかった、助けられなかった自分への怒りが
         稟菜の事を考えるたびに込み上げる。
 転化・・・・・俺がしっかりしなければいけない。俺だけ楽しく過ごしては稟菜に申し訳ない。
        そうすることで稟菜は俺を許してくれるのではないかと行動に転化している。
 うつ状態・・・何もする気が起きない。仕事も行きたくはない。場所をわきまえず稟菜を想い出し涙ぐむ。
 受容・・・・・上記のどの状態でもない。もやもやした気持ちがなく、落ち着いている。

今までの自分を振り返ると、この状態をたどり、数週間の周期で繰り返している。





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ゴールデンウィーク 

Posted on 11:55:01

GWもイベントのうちの一つ。
休みが近づくに連れて、気分は沈んでいった。
ドコにも行けなくても、稟菜と多くの時間を過ごせることが楽しみだった。
稟菜と多くの時間を過ごしたかった。

今年は休みが多いく感じる。
さて、子供達のために何をして過ごそうか。
いいアイディアが思い浮かばない。




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