I want..Dear Baby..
不妊治療の末授かった子が胎児水腫と診断され緊急入院。 翌日生後6時間で天へと帰ってしまった長女の記録。 そして、不妊治療を再開して授かった2人目の子も胎児水腫と診断される。
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子宝祈願
7月7日 吉奈温泉にある善名寺で子宝祈願を行いました。
善名寺は静岡県三島市から修善寺を抜けて天城湯ヶ島温泉に向う
途中にある吉奈温泉の湧く地にあります。
吉奈温泉は通常の温泉地のようなところではなく
山里の民家の奥に温泉旅館が2件あるだけの静かなところでした。

zenkyouji_1


僕らのほかに2組の子宝祈願をする人たちがいました。
この人たちもおそらく何年もの間、子供を欲し
不妊治療を行い、あらゆる手を尽くしてきた事でしょう。


zenmyouji_2


それぞれの思いが渦巻くなか、皆で静かに子が授かることを祈願しました。



7月7日
明日7月7日は洸の出産予定日。しかし、順調ならば
帝王切開になるので2週間前の木曜日に産まれていた事でしょう。

泣き声、オムツ、あやし声。
普通にやってくる普通の事。
それが普通でなくなってしまいもがく。
もがこうが泣こうが悲しもうが何も変わらないのはわかっているけど、
何事もなかったように生活することはできない。

7月7日は七夕。
洸は天の川の向こうにいる茜凜には会えただろうか。
そして僕らは何年経てばこの子達に会えるだろうか。
笑ってこの子達に会えるだろうか。

移植の募金に思う
今日買い物に出た駅前で、募金活動をしていた。
生後3ヶ月の赤ちゃんのアメリカでの臓器移植の為に
協力をしてくれという事だった。

テレビやインターネットでその子の事は知っていた。
でも、僕らにはその子に募金することはできない。

なぜなら、その子と両親、支援者は同じ様な年の子が死ぬことを待っている。
移植を受けるとはそういう事である。
自分の子が亡くなってしまっているのに、そのような事に
協力は出来ない。

両親、支援者はドナーが見つかり手術が出来る事を喜ぶかもしれないが、
裏では悲しみにくれる提供者の親がいる。
提供者は子供であり自分の意思で提供しているわけではなく親が決めている。
提供することで、自分の子が役に立てばと思っての事かもしれない。
僕らなら特定の子への役に立つより、研究などにより
不特定多数に役立って欲しいと思う。

我が子が死ぬかも知れないと思い、出来る事は何でもしてあげたいと
思う気持ちは僕らも共通している。
ただ、不特定多数からの募金を募り我が子を助けようと努力している。
この時点で自分達の出来る事は越えているような気がする。
一人の子供を救うために億単位の金額を必要としている。
その金額があれば世界の貧困にあえぐ地域の子供達は何人救えるのだろうか。
募金をしている人たちは普段からユニセフやそういった事には協力しているのだろうか。

テレビや新聞で記事として紹介されている。
世の中には助けたくても助けられない子供が数多くいる。
そういった事への呼びかけもテレビや新聞で連日呼びかけても
いいのではないか。
マスコミは何を基準にしているのか。
視聴率か、発行部数か。

世の中は不公平だと思わずにいられない。



僕らにしても茜凜や洸の事がなければ何も考えずに募金していた
かもしれないが。。。。。。



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